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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5122号 判決 1962年5月22日

原告 東京相互銀行

事実

原告東京相互銀行は請求原因として、原告は昭和二十八年二月十二日被告五味已代治に対し金五百万円を弁済期同年三月三日利息日歩三銭五厘、遅延損害金日歩五銭の約束で貸与し、その後弁済期を同年同月二十四日に延期した。しかして被告は右債務の支払のため同年三月三日全額五百万円、満期同年三月二十四日なる約束手形一通を原告宛に振り出したので、原告はその所持人として満期に支払場所に呈示したところその支払を拒絶された。よつて原告は被告に対し、右貸金とこれに対する完済までの約定遅延損害金の支払を求める、と述べ、さらに被告主張の抗弁事実に対しては、本件貸金は被告が取締役経理部長であつた帝国蚕糸工業株式会社に対する融資とは関係のないもので、被告の申出により被告個人に貸与したものである。即ち、原告は被告個人と前記貸付の日に手形取引契約を結び、被告所有の担保の提供を受け、且つ被告個人振出の前記約束手形の交付を受けたものであつて、右会社との取引については別に手形取引契約を結んでいたものであり、両者は別個独立の取引である。従つて、本件貸金が右会社に対する貸付であるものを単に借受名義人を被告としたに過ぎないという事実はなく、このような事情は原告の関知しないところである、と主張した。

被告五味已代治は抗弁として、被告が取締役経理部長をしていた訴外帝国蚕糸工業株式会社は昭和二十八年三月頃原告との手形取引契約に基づき二千五百万円の融資を受けることになり、その貸借の折衝は原告銀行の尾川頭取、田辺常務と右訴外会社の代表取締役山岸丈夫との間に進められた。ところが、相互銀行では一口の融資額は一千万円を限度とされているとのことで右借受全額を訴外会社名義とすることは事務処理上できないため、右関係者協議の上一応これを三分し、訴外会社と山岸個人名義で各一千万円、被告名義で五百万円を借り受ける形式をとることにした。そして被告は山岸の命ずるままに原告主張の五百万円の借受名義人となり関係書類、手形振出等について被告が借り受けたような形式を整えたのである。従つて、右金員は被告が受け取つたものでなく、原告から訴外会社の口座に直接振り込まれ同会社において使用したものと推察されるが、被告が借り受けたものではない。仮りに、被告が右金員を受け取つたとしても、前記のように借受名義を被告としたに止まり、原告においても前記事情を熟知し、被告には借受義務のないことを諒解していたものであるから、貸借は通謀虚偽表示として無効のものである、と主張して争つた。

理由

被告は、本件貸金は訴外帝国蚕糸工業株式会社が借受けたものであつて、被告は単に借受名義人であるに過ぎず関係者間に訴外会社を借受人とする合意があつたものである、仮りに被告が借受人であるとしても、被告には借受の責任を負わさない旨の合意があつたと抗争するので判断するのに、証拠によれば、原告は右訴外会社に対し昭和二十八年一月末頃千万円余を貸与したところ、右訴外会社は更に事業資金として五百万円の融資を申し出たけれども、原告としては右訴外会社に千万円以上の融資はできない旨拒絶し、その結果同会社の取締役経理部長である被告を借受名義人として五百万円の融資に応ずることと定め、本件五百万円の貸出がなされ、その金銭は右会社が使用したことを認めることができる。

右事実によれば、被告は単なる借受名義の提供者の外観があるし、証人山岸丈夫と被告本人は、これに符合し被告が借り受けたものでない旨供述している。しかしながらこの供述は、証人田辺義助の証言と後記認定の諸般の事情と対比し措信し難い。また、被告は単なる借受名義人であるので被告には借受の責任を問わない旨の合意が成立していたとの点については、これを認めるべき証拠はない。もつとも証人山岸丈夫は右と符合する趣旨に証言するけれども、同証言は、資金を必要としこれを使用するものが訴外会社であることから、同会社が借受人であるとの推論に基づく見解の域を出ないものであつて、当事者間に右の合意がなされた事実を認むべき心証を惹き起すに足りない。

次に、被告が本件五百万円を原告から借り受ける意思のないことを原告において諒承していたとの事実は、前記認定のとおり、原告が、右資金は訴外会社の事業資金として使用されるものであつて、被告自身のためにこれを借り受ける必要のないことを諒知していたことが認められるし、大金であるところから、被告個人がその借受の責任を負担する意思のないことを知り又は知り得たように見えないではない。しかしながら、証拠によれば、本件五百万円の貸出について原告が被告から手形取引約定書を交付させていること、右取引について被告から同金額の約束手形を交付させ期日にその呈示をなしたこと、右貸出について被告の権利に属するものとして裏書の記載ある各五百万円余の火災保険に付せられた工具類の倉荷証券二通を担保として交付させていること、及び右貸出に関する必要書類上訴外会社がこれについて責任を負担する記載は何もなく、弁論の趣旨に照らしてもそのような書類の作成された形跡が認められず、従つて書類上は専ら被告が本件借受の責任者として処理されていること等が認められるので、これらの諸般の事実と証人田辺義助の証言を総合すれば、原告は本件貸出については、被告を当面の責任者とする意思を有していたものであつて、被告がその責任を負担する意思のないことを諒知していたとか、又は諒知し得たものと認めるに足りないところである。

してみると、被告は本件借受金の支払義務を免れないので、原告の請求は正当である。

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